kashmir『百合星人ナオコサン』第1巻、メディアワークス、2007年。

百合星人ナオコサン (1) (Dengeki Comics EX)

百合星人ナオコサン (1) (Dengeki Comics EX)

 主役のナオコサンは、地球総百合化による征服を目論む百合星からやって来た宇宙人、、、らしい。
 なぜか中学生のみすずの家に居候(?)している。いじられ役のショタっぽい弟の涼太を除けば、主要な登場人物は全員女性。
 その意味では、オタクの願望を純粋培養した典型的な理想郷・楽園(ユートピア)もの。だが、楽園を楽園にするためには楽園を楽園と感じることのできる者が必要である。言い換えれば、読者の女の子に対する欲望(萌え)を代理する登場人物が必要である。『あずまんが大王』ではそれは木村先生であった。しかし、『苺ましまろ』ではそれすらも伸恵という女性になる(年齢が一人だけ上である点や、タバコを吸う点に辛うじて男性性が残っている)。その意味で、女性化(百合化)が進んでおり、本作もその流れの上にある。すなわち、男性作家が描く男性のいない空間を舞台としたギャグ作品の系譜に連なる作品である。
 さて、この作品の、冒頭から目に付く大きな特徴は、主役の一人であるみすずのセリフだけがふきだしの中になく、背景の上に直接記されていることである。このような表記法*1は通常、コマ内の人物の発話されない内面(独白)や、作者の声とでも言うべきナレーション(説明書き等)などを表すために用いられるものである。みすずのセリフは終始一貫してその仕方で表記される。それは不思議な効果を生んでいるが、そのように表記される理由が作中で説明されることはない。~
 そこで勝手に推測するに、みすず以外の登場人物は基本的にボケであるということが関係しているように思う。
 みすずはナオコサンを始めとする周囲の人物たちのボケに対して突っ込みを入れるのだが、その突っ込みはボケの暴走を止める力を持たない。突っ込みには――持って回った言い方をすると――ボケによって持ち込まれた非日常を排除して、日常を回復させる(ずらされたコンテクストを元に戻す)役目があるが、みすずの突っ込みは「ここにボケがありますよ」と指し示す以上の役割はない(それに付随して、笑いを増幅する機能もあるが)。
苺ましまろ』では、美羽に対する伸恵の突っ込みはまだボケを修正するものとして機能している。本作では、それと比べてもかなり突っ込みが脆弱化していると言える。そして、脆弱化した突っ込みは遂にふきだしの外へ追い出されたのである。
 それは作品内世界から浮遊したものとして、むしろ作者および読者のいる側(現実)に近いものとして、そこにある。本作が『あずまんが大王』や『苺ましまろ』と大きく異なる点として、後者が一応現実的な世界を舞台にしているのに対して、本作は宇宙人であるナオコサンを筆頭として世界の在り方が非現実的であるという点が挙げられる。非現実が日常であるような作品内世界にあって、唯一(比較的)まともな感覚を持つみすずは、ボケている世界そのものに対するツッコミの位置に立っている。だから、みすずのセリフは、作品内世界の内部には存在しない。そのことを示すために、それはふきだしの外に置かれているのだ。
 ボケ化する世界とメタ化するツッコミ、なべて世はこともなし。それこそが、ナオコサンの言う「百合化」である。なんちて。

*1:正式名称があるのなら教えてください。